大判例

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福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)598号 判決

原告

全逓信労働組合

代理人

竹田勲

外六名

被告

大道章

外一〇二名

代理人

成瀬和敏

主文

1別表(一)記載の被告らは原告に対し、それぞれその名下の同表「認容額」欄記載の金員およびこれに対する同表「起算日」欄記載の日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2原告その余の請求はいずれも棄却する。

3訴訟費用中、原告と被告番号1大道章、同2伊藤力、同3家永義徳、同4元重旭、同6岸静馬、同27米沢正治、同60尾下一雄、同88長谷川末春、同89北富広、同90笹栗マサ子、同91安見武則、同92身吉俊雄との間において生じたものは原告の負担とし、原告とその余の被告らとの間において生じたものは右被告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

1  被告らは原告に対し、それぞれ別表(二)「請求額」欄記載の金およびこれに対する同表「請求日」欄記載の日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

二、被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、原告の請求原因

一、(当事者)

(一)  原告は郵政労働者の労働条件の維持改善並びに相互扶助等を主たる目的として郵政労働者で組織された労働組合である。

(二)  被告らはもと原告組合の組合員であつたところ、いずれも別表(二)「請求日」欄記載の日の前日原告組合から脱退した。

二、(補償金支給の事実)

(一)  被告らは、いずれも郵政職員であるが、原告組合の組合員であつた間、原告組合の機関決定に基く組合活動を理由として郵政当局よりそれぞれ戒告等の行政処分を受け、その結果別表(三)「事由」欄記載の期の昇給を延伸された。

(二)  ところで、原告組合の規約五八条は、「組合は、犠牲者救済にあてるため全国大会できめる金額を積立てる。2犠牲者救済の運用は別にきめる」と定め、これを承けて犠牲者救済規定(以下単に規定という)およびその施行細則(以下単に細則という)が別紙「規定、細則抜萃」記載のとおり定められている。

(三)  そこで原告は、右規約・規定・細則の定めるところにより、被告らに対し、それぞれ、別表(三)「支給年月日」欄記載の日に、前記昇給延伸に対する補償金として、同表「支給額」欄記載の金員を支給した。

三、(返還請求の根拠―その(1))

(一)  規約五八条の犠牲者救済の制度が設けられた本旨は、原告組合所属の組合員が機関決定に基く組合活動を遂行中、組合活動に基因して犠牲を蒙つた場合に、その損失を組合員全体の資力によつて可及的に填補し、もつて原告の労働組合としての団結権の維持並びに強化を図り、ひいて原告組合の目的である組合員の労働条件の維持改善、社会的地位の向上を達成しようというにある。

(二)  而して、右犠牲が昇給延伸の場合について、前示の如く、三六年改訂前の規定および同年改定の規定のいずれもが、その八条二号において「……組合員として資格を有する間……」補償金の支給を行う旨明示し、補償を受ける者の組合員資格を当然の前提としている。

(三)  さて、右補償金の支給方法としては、原告組合は、規定の四〇年改訂まで、損失が現実化した時点でその都度支給する方法ではなく、当該組合員が昇給延伸後六〇才まで在職し、その間引き続き昇給延伸による金銭上の損失を蒙るものと仮定し、その間の年数(六〇才から補償金支給期該当月の年令を差し引いたもの、以下支給基礎年数という)を補償金算定の基礎として算出した金員を一括前渡する方法を採用していたのであるが、前記(一)、(二)で述べたところに鑑みると、右の方法で原告組合から補償金の支給を受けた組合員が、その後組合員資格を喪失した場合、特に被告らのように、原告組合に対する重大な団結権侵害行為である組合からの脱退の場合、後記細則一五条のような返戻規定の有無にかかわらず、資格喪失後の相当分を原告組合に返還しなければならないのは当然のことである。

四、(返還請求の根拠―その(2))

(一)  仮に、右三の主張が容れられないとしても、三六年改訂の細則一五条(六)は、前示のとおり、昇給延伸のため補償金の支給を受けた組合員が組合から脱退した場合には、その割合に応じた金額を原告組合に返戻すべき旨の返戻規定を新設した。

(二)  従つて、少なくとも三六年の細則改訂後、即ち昭和三六年七月二〇日以降に組合から補償金の支給を受けた被告らは、右返戻規定に基き補償金の一部を原告組合に返還すべき義務がある。

五、(返還請求金額・遅延損害金)

(一)  もともと、補償金の支給を受けた組合員が組合員資格を喪失した場合は、資格喪失後の相当分を原告組合に返還すべきところ、三六年改訂細則一五条は、返戻の割合は支給基礎年数から組合在籍年数(補償金支給期該当月から原告組合を去るまでの年数をいう、但し一年未満は一年とする)を差し引いた残余の年数による比率とする旨規定しているので、被告らが原告組合に返還すべき補償金は右により、即ち次の算式により算出すべきである。

(二)  しかして、被告らの生年月日、補償金支給期該当月の年令、支給基礎年数、組合在籍年数はそれぞれ別表(四)記載のとおりであるから、被告らの返還すべき補償金を右算式により計算すれば別表(二)「請求額」欄記載の数額となる。

(三)  そこで、原告は被告らに対し、それぞれ別表(一)「請求額」欄記載の金員およびこれに対する被告らが原告組合を脱退した日の翌日である同表「請求日」欄記載の日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁

一、請求原因一(当事者)、二(補償金支給の事実)の各事実はいずれも認める。

二、同三(返還請求の根拠―その(1))の事実のうち、規定八条二号が原告主張の如く、「……組合員として資格を有する間……」と定められていることは一、で認めたとおりであるが、その余は争う。

右「組合員として資格を有する間」の意味については、規定上明確を欠くが、これは規定を定めた当時、制定者において組合員の任意脱退等を予想しなかつたため、「郵政職員として資格を有する間」ということの同義語として表現したものである。

ところで、規約五八条の犠牲者救済制度は、その実質は相互保険(もしくは保険類似)の制度であり、被告らは行政処分という偶然のできごと(保険事故)の発生により、昇給延伸という経済的損失を蒙つた結果、保険金たる補償金の支給を受けたもので、もとよりこれを返還する義務はない。

即ち、右制度は、争議行為に基く処分という不意のできごとによる一部組合員の経済的損失を、全く同様な立場にある他の組合員の公正な共同分担によつて可及的最大限に補填しようとするものであり、その財源は、規定に基き、組合員が平素一定額ずつ特別会計として積み立ててきた犠牲者救済資金により、なお不足する場合は決議機関の決議により臨時に納入した資金をもつてこれに充てることとなつている。

それ故、右制度のもとでは、組合員は、補償金の支給を受けて後組合を脱退したとしても、郵政職員としての資格を有する間は、処分に基く昇給延伸等救済すべき事態が発生、継続しているかぎり、当然保険金たる補償金を受給する権利を有するのであつて、規定の定めるところに従い犠牲者救済資金として一定額(保険料)を納入し、あるいは決議機関の決議に基いて不足額に応じた臨時資金を納入する義務を負う以外、一旦受給した補償金(保険金)を返還する義務は負わないのである。

三、請求原因四(返還請求の根拠―その(2))の事実のうち、三六年改訂の細則一五条に原告主張の如き返戻規定が新設されたことを認め、その余は争う。

四、同五(返還請求金額・遅延損害金)の事実のうち、三六年改訂の細則一五条に原告主張の規定が存することおよび被告らの生年月日は認めるが、その余は争う。

第四、被告らの抗弁

一、(不法原因給付)

原告の犠牲者救済制度は、規定上明文をもつて法違反の組合活動を救済することを定めていないが、規定二条三号によれば「組合活動とは組合運動の本旨に副い、機関の決定に基いてこれを実現するために行われたあらゆる行為の総称であつて、その行為が明白に私的行為であると認められるものを除いた一切の行為をいう」とあり、従来から原告は、強大な統制権を背景に、被告らを含む組合員に対しあえて公労法一七条違反の争議行為を行わしめて来たのであつて、結局、このような争議行為に参加したことで組合員が郵政当局から行政処分を受けた結果、昇給が延伸することになつた場合にその補償として給付を行い、もつて公労法一七条違反の行為を鼓舞激励しようとするものであり、その給付の目的が公序良俗乃至社会の倫理観念に反することは明白である。

従つて、原告は本件において不当利得を理由として補償金の返還を求めてはいないものの、一旦被告らに支給した補償金について、被告らにその返還を求めることは、名目の如何を問わず、民法七〇八条により許されない。

二、(同意の欠缺)

原告の犠牲者救済制度は、前述した如く、相互保険もしくは保険類似の制度であり、郵政当局の処分という保険事故の発生に基いて、保険金たる補償金を受給すべき被告らの権利は、いわば保険加入者の固有権であつて、事故発生後は勿論、事故発生前の保険期間中といえども、被告ら各個人の同意を得ることなしに、これを被告らから剥奪することはできない。

従つて、単に多数決による方式で被告らから個人の同意なしに右権利を剥奪した細則一五条の三六年改訂は無効であり、細則一五条は被告らに対し何ら効力のないものである。

三、(団結権の侵害等)

原告組合のように、特に強大な統制権を行使して所属組合員に違法争議を繰り返させる組合については、組合員の組合脱退の自由はより強く保障されねばならないのに、反つて、原告組合が細則の三六年改訂によりその一五条に前記返戻規定を新設したのは、当時原告組合からの組合員の脱退等の事態が相次いだため、組合員資格喪失の場合のうち退職、死亡による場合を除外し、ことさら脱退の場合に適用することにより、脱退にさいし過怠金を賦課することと同様の結果を招来せしめ、もつて被告ら組合員の原告組合からの脱退を制限し、さらに被告ら組合員が他の労働組合に加入するのを制約する目的からであつた。

また、組合員が救済事態発生後組合を脱退したかどうかは組合在籍中の権利義務とは無関係であり、そのことにより組合在籍中の権利義務に差異を設け、あるいは一旦支給した補償金を返還せしめることは、組合員平等取扱いの原則(労組法五条二項、原告規約四〇条)に反することでもある。

従つて、右返戻規定は、それ自体、被告ら組合員に対し、その脱退を拘束するためことさら不平等、不利益な取扱いをし、しかも被告ら組合員の脱退の自由のみならず積極的団結権をも不当違法に侵害するもので、公序良俗乃至憲法二八条に違反し無効である。

四、(損害賠償請求権による相殺)

(一)  訴外野上元および原告代表者宝樹文彦は、それぞれ中央執行委員長の地位にあつた間、他の中央本部、地方本部、地区本部および支部等の各役員と共に、半日スト、時限ストを含む公労法一七条違反の争議行為を多数計画し、且つ右は違法なものであり、時期的にも国民生活に重大な支障を来たすものであつたから、これを実施すれば必ず右の点を理由とする郵政当局の大量行政処分を誘発し、組合の統制に従つて行動した被告ら組合員に少なからず損害を与えることを十分認識しながら、被告らに対しては労使の団体交渉の経過等闘争に関する十分な説明を行うことなく、ただ当局側が極めて不誠実であり、その解決には力の対決以外に方法がないことなど敵愾心を煽ることのみ教宣し、組合員の自由に表明された多数意思に基くことなくしてこれが実施を指令し、実施に当たつてはオルグ等を派遣してピケを張り、あるいは監視するなどさせ、被告らの行動を制約し、また争議によつて蒙る損失についても規定により十分償う旨申し向けて被告らをその旨欺罔し、その指令どおり被告ら組合員をして争議行為あるいは郵政業務の運営を阻害する各種行為を反覆行わしめた。

(二)  そのため被告らは、いずれも郵政当局より、右争議行為に参加したことを理由に戒告等の行政処分に付され、これに基く昇給延伸により少なくとも原告の本訴請求額以上の損害をそれぞれ蒙つた。

被告らの受けた行政処分の内容および実損害額等は別表(五)記載のとおりである。

(三)  しかして、中央執行委員長は原告組合の代表者で且つ組合業務を統轄するものであり、その他の中央本部各役員は原告組合の最高執行機関たる中央執行委員会の構成員で且つ組合業務を分掌しているものである。また、地方本部および支部の各役員もそれぞれの地域において組合業務を分掌している。従つて、これら組合の役員がその地位において行つた不法行為は、中央執行委員長に関しては民法四四条の類推適用により、原告自体の不法行為として、その他の者については民法七一五条により使用者として、いずれにしても原告においてその損害を全部賠償すべき義務がある。

被告らが、不法行為当時、原告組合所属の組合員であつたからといつて右の理に変りはない。(この点、商法二六六条の三の「第三者」に株主が含まれるとされることに留意すべきである。)

(四)  よつて、被告らは原告に対し、昭和四三年一〇月二日の本件第二回口頭弁論期日において、被告らの前記損害賠償請求権と原告の本訴請求にかかわる債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

第五、抗弁に対する原告の認否

一、(抗弁一―不法原因給付について)

被告らの主張を争う。

原告の本訴請求は、前記のとおり、規定、細則の定めをその根拠とするものであつて、不当利得に基くものではないから、不法原因給付ということはそもそも問題にならないのみならず、民法七〇八条の不法原因給付にいう「不法」に強行法規違反が含まれないというのは確立した判例学説である。しかも原告組合の犠牲者救済制度は既述の趣旨で設けられたものであつて、被告ら主張の如き不法な目的をもつて設けられたものではない。

二、(抗弁二―同意の欠缺について)

被告らの主張を争う。

原告組合の犠牲者救済制度は、既述の如く、団結権擁護のための相互扶助制度であり、被告ら主張の保険とは似ても似つかぬものである。のみならず、返還義務の有無はあくまで原告が根拠とする規定、細則によつて判断されるべきであつて、保険乃至保険類似の関係にあるから当然返還義務が生じないものでもない。

三、(抗弁三―団結権の侵害等について)

被告らの主張を争う。

返戻規定の新設は何ら組合員の脱退の自由を制限するものではない。脱退による事実上の不利益ならば、例えば、ユニオン・ショップ制のように法自体が認めているものもあり、何ら問題とはならない。

また、退職死亡の場合を除外していることについても、犠牲者救済制度の本旨が、前述のとおり、団結権擁護にある以上、脱退者のように重大な団結権侵害行為を犯して組合員資格を失つた者ではない退職者、死亡者に対してまで返戻を求めないこととしても、制度の本旨に悖るものではなく、これをもつて組合員平等取扱いの原則に反するととは到底いえない。

四、(抗弁四―損害賠償請求権による相殺について)

被告らの主張事実中、被告らが当局より受けた行政処分の内容を認め、その実損害の額は不知。その余は争う。

右行政処分の原因となつた組合活動がいずれも組合役員の機関決定によるものであつたとしても、被告らを含む組合員の自由意思によつて選出した代表者が組合の機関として決定したものである以上、団体法理としては被告ら自ら決定したことにほかならず、被告ら第三者の権利を侵害したということにはならない。その意味で被告らの主張は、不法行為の要件をいちいち斟酌するまでもなく、主張自体失当というべきである。

第六、証拠関係〈省略〉

理由

一原告の請求原因のうち、一、(当事者)、二、(補償金支給の事実)の各事実は当事者間に争いがない。

二ところで、原告は、規約五八条の犠牲者救済制度の本旨および規定八条二号と細則一五条の補償金の支給方法あるいは細則一五条(六)を根拠に、補償金の支給を受けた組合員は、組合を脱退した場合、組合に対して補償金(の一部)を返還する義務(債務)を負うと主張する。

そこで判断するにに、なるほど規約五八条の犠牲者救済制度の本旨は、原告主張のとおり、組合員が機関決定に基く組合活動を遂行中、右組合活動に基因して犠牲を蒙つた場合、その損失を組合全体の資力によつて可及的に填補し、もつて原告の労働組合としての団結権の維持並びに強化を図るにあるといえようし、また三六年改訂および同改訂前の規定八条二号あるいは四〇年改訂の規定四七条一号は、若干表現に違いはあるものの、昇給延伸に対する救済として補償金を支給する場合を「組合員としての資格を有する間」あるいは「組合員である期間」に限定するとともに、三五年改訂以後四〇年改訂前の細則一五条(一)は、いずれも昇給延伸に対する補償金の支給方法として、組合員が昇給延伸後六〇才まで郵政職員として在職し、その間引き続き昇給延伸による金銭上の損失を蒙るものとの前提のもとに、その間の年数を計算の基礎として算出する旨を定めていることは、前記のとおり当事者間に争いがないところであつて、以上の点からすれば、組合員らに支給される昇給延伸に対する補償金は前渡金の性格を有するものと解されよう。

しかし、補償金が如何に前渡金の性格を有するからといつて、右規定八条二号乃至細則一五条(一)は、それ自体から具体的に返還すべき補償金の数額を特定することができないことは勿論、返還義務すら明示するものではないので、他に返還義務を明示するとともに返還すべき補償金の数額を具体的に特定するに足る規定乃至細則が存し、もしくは組合と組合員個人との間において組合脱退の場合補償金(の一部)を返還する旨の特約が存するのでない限り、規定八条二号乃至細則一五条(一)の定め故に、組合を脱退した組合員が当然に補償金のうち脱退後に受くべかりし分に相当する金員を返還すべき義務(債務)を負うということにはならない。

本件において、原告は、右特約については主張せず、ただ細則一五条(六)の存在を強調するが、当初、原告組合には返還義務を明示し且つ返還すべき補償金の数額を具体的に特定するに足る規定乃至細則は存しなかつたところ、昭和三六年七月二〇日の規定・細則の改訂で、補償金の支給を受けた組合員が組合から脱退した場合等にはその割合に応じた金員を返戻すべきことおよび右返戻の割合を定めた細則一五条(六)(以下返戻規定という)が新設されたことは、前記のとおり当事者間に争いがない。そして、右返戻規定の新設により始めて組合員は、組合脱退の場合、組合に対し補償金(の一部)の返還を義務づけられたというべきである。

もつとも、返戻規定が組合員に補償金の返還を義務づけたといつても、その時間的適用範囲についてはさらに検討を要する。まず、返戻規定創設後、即ち昭和三六年七月二〇日の細則改訂施行以降の昇給延伸に対する救済として補償金の支給を受け、その後に組合を脱退した者が組合に対し右補償金(の一部)を返還する義務(債務)を負うことは、恐らく問題がない。

この点、昭和四〇年八月二八日改訂・施行の現行規定においては補償金の支給方法に関する定めは細則から規定の中に移されたうえ、細則は廃止され、しかも規定中に従来の細則一五条(六)のような返戻規定は設けられていない(以上は当事者間に争いがない)。しかし、四〇年改訂の規定によれば、これは右規定が従前の一括前渡の補償金支給方法を改め、被補償者が組合員である間に限つて一年毎に補償していく方法を採用した(四七、四八条参照)ため、右規定による補償については、被補償者が組合を脱退したとしても、補償を停止することこそあれ(五二条参照)、同人に補償金の返還を求める場合がなくなつたからであつて、右規定の一部である「犠牲者救済規定改正に伴う経過措置」四条二項が「昭和四〇年八月二八日改訂・施行以前の処分により発生した昇給延伸補償については、昭和四〇年八月二八日以前の規定および同施行細則により救済するものとする。」と定めていることからも窺われるように、右規定は、その改訂・施行前の規定・細則に基き組合員に支給した補償金の返還を求めない趣旨ではないというべく、もとより前記判断の妨げとなるものではない。

ところが、前記返戻規定新設前、即ち昭和三六年七月二〇日以前補償金の支給を受け、あるいは補償金の支給を受けるべき権利を取得した組合員が、返戻規定新設前もしくは新設後に組合を脱退した場合は些か問題である。

因みに、組合員が昇給延伸の場合、組合に対し規定・細則に基き補償金を請求する権利を取得する時期は、該組合員が郵政当局より戒告等の行政処分を受け、その結果昇給を延伸されることとなつた昇給期というべく、例えば、昭和三六年一月一期の昇給が延伸されたとすれば、同月一日の段階で該組合員は組合に対する補償金請求権を取得したというべきである。

前記の点について、三六年改訂の細則に対応する同年改訂の規定はその末尾に経過措置として、改訂前と同様、「一、現に救済を行いこの規定の改訂の日以降引続き救済を受けるものは改訂の日以降この規定を適用する。二、既に救済事由が発生しておつて事務手続上の関係からこの規定改訂の日以前に申請でき得なかつたものについてもこの規定を適用する。」との定めを置く。而して、右経過措置の解釈であるが、昇給延伸に対する救済に関する限り、返戻規定新設前に補償金の支給を受けた組合員は、補償金が前示の如く前渡金の性格を有するとはいえ、返戻規定新設前に救済を受け終つた者というべく、引き続き救済を受け者とはいえないから、その者が返戻規定新設前は勿論、たとえ新設後に組合を脱退したとしても、右経過措置一の反対解釈により返戻規定が適用されないことは明らかである。これに反して、補償金の支給を受けるべき権利は取得したけれども事務手続の関係で未だ補償金の支給を受けていなかつた組合員には、右経過措置二により改訂後の規定・細則に基き補償金の支給がなされることになるので、それに伴い新設の返戻規定も併せ適用があるのではないかと考えられる余地がある。

しかし、後者に返戻規定を適用し、補償金の返還義務を課することは、たとえ右経過措置が規定と一体をなすものとして多数決の法理によつて決議されたものである(労組法五条二項九号、組合規約一三条、一五条、三六年改訂前の規定附則二九条参照)としても、すでに返戻規定新設前に返還義務のないいわば無条件の補償金請求権を取得した組合員のうち、補償金未受給者のみに対し、組合脱退の場合に返還義務を課することに帰する、換言すれば、前記無条件の権利を組合脱退の場合に返還するという条件付の権利に変更するものであつて、労働組合運営に要請される組合員平等取扱いの原則に明らかに反するといわねばならない。しかも、前示犠牲者救済制度の本旨あるいは補償金の前渡金的性格を考慮しても、たまたま事務手続の関係で遅れた補償金未受給者を受給者と区別して不利益に取り扱わねばならない合理的理由は見出せない。

従つて、前記経過措置二の定めは、右返戻規定を新設した三六年改訂より前の規定改訂についても同旨の経過措置があつたことを併せ考えれば、すでに昇給延伸に対する補償金請求権を取得しながら、未だ受給していない者に対して、改訂後の規定・細則により救済を行う旨述べたにすぎず、これらの者に返戻規定の適用を定めた趣旨とまで解すべきではない。もし仮に返戻規定の適用までも含めた趣旨であるとするならば、右経過措置二はその限りにおいて、組合員平等取扱いの原則に反し、無効のものというべきである。蓋し、多数決の法理も組合員平等の原則を無視することができないのは当然だからである。

三以上判示したところからすると、被告らのうち番号1大道章、同2伊藤力、同3家永義徳、同4元重旭、同6岸静馬、同88長谷川末春、同89北富広、同90笹栗マサ子、同91安見武則、同92身吉俊雄の一〇名は、いずれも返還規定新設前、即ち昭和三六年七月二〇日の規定・細則改訂前に昇給延伸に対する補償金請求権を取得していたものであるから、返戻規定による返還義務を負うに由なく、右被告一〇名および番号5梶原定義を除くその余の被告らは、すべて昭和四〇年八月二八日の規定の改定後に組合を脱退したものであるとはいえ、いずれも返戻規定新設後に補償金請求権を取得したものであるから、返戻規定の定めるところに従い、補償金の一部(その数額は後記認定のとおり)を原告組合に返還する義務(債務)を負うといわねばならない。また、被告番号5梶原定義は、郵政当局より昭和三六年七月一期と昭和三九年一月一期の二度に亘り昇給を延伸されたが、前者の昇給延伸に伴う補償金請求権は返戻規定新設前に取得したから、これを返還する義務はないけれども、後者の昇給延伸に伴う補償金については、その請求権は返戻規定新設後に取得したものであるから、組合脱退は前同様昭和四〇年八月二八日以降であるとはいえ、返戻規定の定めるところに従い補償金の一部を原告組合に返還する義務(債務)を負うというべきである。

四そこで、以下被告らの抗弁について順次判断する。

(一)  (抗弁一―不法原因給付について)

被告らは原告組合の犠牲者救済制度が公労法一七条違反の争議行為を鼓舞激励するものである点において不法原因給付をいうが、右公労法一七条の規定は、もともと憲法二八条によつて保障されているはずの公共企業体等の職員の労働基本権を、その職務の公共性に鑑み特に制限した、いわば国家の政策に由来する禁止規定にすぎず、これに違反する行為自体、直ちに公序良俗乃至社会の倫理観念に反するものとして非難しえないのはもとより、右救済制度に基く補償金の支給が右違反行為を鼓舞激励することになるとしても、そのことだけからこの行為についてより以上の反社会性を認めることは到底できない。従つて、被告らの主張は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

(二)  (抗弁二―同意の欠缺について)

原告組合の犠牲者救済制度の本旨は前認定のとおりであり、もともとかかる救済制度を設けるか否か、あるいはその救済の程度・方法、例えば、救済を受けた組合員が後日組合を脱退する場合には一定の割合の補償金を返還するとの条件を付するかどうかといつたことは、現行法制上、専ら組合の多数決の法理による自主的な決定に委ねられているというべきである。

従つて、被告ら組合員は、右救済制度が設けられて始めて規約・規定・細則の定めるところに従い補償を受ける権利(勿論、いわゆる期待権的なものであつて、救済事由の発生によつて現実化する)を取得したのであり、右補償を受ける権利も、被告ら組合員の個人的同意の有無にかかわらず、また組合の多数決による決定によつて剥奪されることなしとしないのである。被告らは右救済制度が相互保険であるとか相互保険類似のものであるとか主張するが、その作用面はともかく、それが補償を受ける権利を剥奪しえないとする趣旨で主張されるものであるとするならば、すでに判示したところから明らかなように、右主張は採用できない。

(三)  (抗弁三―団結権の侵害等について)

前示の如く、救済の程度・方法が専ら組合の多数決の法理に則つた組合の自主的決定に委ねられているとはいつても、右救済の程度・方法に関する決定が何らの合理的理由もなく所属組合員の団結権を侵害し、あるいは組合員平等取扱の原則に違反する場合は許されないというべきである。

これを三六年の細則改訂による返戻規定の新設にみるに、もとより右細則の改訂は多数決の法理に則り決議機関の承認を受けたと考えられるところ(三六年改定前の規定附則三〇条参照)、右返戻規定は、先に判示した如く、昇給延伸に対する補償金の支給方法として、組合員が六〇才まで在職し且つ組合員資格を喪失しないことを前提に便宜上一括前渡の方法を採つたことから補償金支給後脱退等により組合員資格を喪失した組合員に対して、資格喪失の時点を基準として、すでに支給した補償金のうち資格喪失後に受くべかりし分に相当する金員の返還を求めようとするものであつて、返戻規定の定める右返還を求める金員の算定方法も一応合理的であり、またもともと脱退等に及んだ組合員は以後犠牲者救援基金への拠出義務を免れるのである。それ故、たとえ返戻規定の新設が事実上組合員の組合脱退の自由を抑制する作用を営むこととなるにせよ、組織の強化をこそ、その目的達成のための主要な手段とする労働組合においては、返戻規定により補償金の一部の返還を求めることが合理的理由なく不当に組合員の脱退の自由を侵害するものとは到底解することができない。

さらに、返戻規定が補償金の一部を返還することを要する場合として脱退、除名等を掲げ、退職、死亡を除いたことについても、前示犠牲者救済制度の本旨からすれば、脱退、除名者と退職、死亡者を区別して取り扱うことの合理性が優に首肯できるのであつて、この点を捉えて組合員平等取扱いの原則違反を云々することは当を得ない。

従つて、被告らの団結権侵害等の主張は失当である。

(四) (抗弁四―損害賠償請求による相殺について)

被告らが、郵政当局より戒告等の行政処分を受ける原因となつた組合活動はいずれも原告組合役員の機関決定によるものであり、右機関決定に基く組合役員の指令に基き組合活動に参加したことは被告らの自認するところ、仮に右機関決定およびそれに基く指令が、被告らの主張するように、公労法一七条に違反する違法のものであつたとすれば、被告ら組合員としては、これに従い組合活動に参加する義務はないにもかかわらず、被告らは右指令に従つて組合活動に参加したのであるから、その結果として郵政当局より戒告等の行政処分を受けたことにより昇給延伸を招来し、被告ら主張の損害を蒙つたとしても、右損害と組合役員の機関決定乃至指令との間には因果関係はなく、従つて被告らは機関決定乃至指令の違法を理由に損害賠償の請求をなし得る筋合にないというべきである。

もつとも、被告らは右指令に従い組合活動に参加しない自由を有していなかつたことを云々するようであるが、その主張するところは要するに、組合役員が、組合活動を指令し、もしくは実施するに当たり、組合員に対し統制権に基き統制力を行使したというに尽きるのであつて、その主張する事実をもつてしても未だ組合役員らの統制力の行使が統制権の範囲を逸脱した違法・不当なものとはいい得ないのみならず、また仮に若干統制権の範囲を逸脱した行為があつたと認められるにしても、被告らがそのさい意思決定の自由乃至はこれに従つて行動する自由を奪われた(もしそうであれば行政処分自体が問題であろうが)とか、あるいは組合を脱退しようとして組合役員からこれを不当に妨害されたことまでの主張はないから、被告らの右主張は事実の有無を確かめなくとも、何ら前記の判断の妨げとならない。

そしてもともと、組合の機関たる組合役員の統制力の行使が直接組合員に損害を蒙らせるような事態を生じたとしても、右統制力の行使(加害行為)が、その組合員たることを前提としてかかる被告らに対し加えられたものであるかぎり(組合が法人格を有することにより組合員らとは一応別個の人格と解せられるにしても)、このような場合、被告らが原告組合との関係において、直ちに民法四四条一項にいう「他人」あるいは同法七一五条一項にいう「第三者」に該当するとして、組合自身に損害賠償の請求をなしうるとすることには疑問がある。

そうだとすれば、被告らの損害賠償請求権による相殺の主張は、いずれにしても失当といわねばならない。

以上のとおり、被告らの抗弁はいずれも失当であつて容れることができない。

五そこで次に前記返還義務を負う被告らについて、その返還すべき金額を検討することとする。

返戻規定によれば、被告らが原告に返還すべき金額は原告主張の算式によつて算出すべきことが明らかであるところ、被告らの生年月日、昇給を延伸された日および組合脱退の日は当事者間に争いがないから(もつとも、被告番号26奥平重喜、同29柿本善孝については、原告はその生年月日の主張をしないが、昭和四四年一月一日現在における両名の六〇才までの残余年数が二九年と三年であることは被告らの自認するところであるから、両名の昇給を延伸された日当時の年令は右を基礎に逆算することとなる)、これによると被告らの昇給を延伸された日当時の年令(但し、満年令)、六〇才から右年令を差し引いた支給基礎年数および昇給を延伸された日から組合を脱退するまでの組合在籍年数(但し、一年未満は一年とする)は、別表(四)のうち被告番号27米沢正治の①の組合在籍年数を三年に、同60尾下一雄のそれを四年に、同97江本一三の年令を二八年、支給基礎年数を三二年にそれぞれ訂正する(従つて、同表の「返戻の割合」欄が米沢①0/2、尾下0/4、江本27/32となる)ほかは、いずれも原告主張のとおりである。

従つて、右各年数を前記算式に当てはめて計算すると、被告らが原告に対し返還すべき金額は別表(一)「認容額」欄記載のとおりとなる。

なお、被告番号15岡崎善昭、同97江本一三については、返還すべき金額は、計算上それぞれ一〇万七、三六二円および七万八、四六八円となるが、原告の請求する金額がそれぞれ、一〇万六、五七五円および七万八、〇〇〇円と右を下まわるので、両被告は原告の請求金額に限り返還義務を負うこととなり、また、前記返還義務を負う被告らのうち、被告番号27米沢正治および同60尾下一雄は、返戻規定が支給基礎年数の算出については六〇才を基準にし、組合在籍年数については一年未満を一年に切り上げることとしている関係上、六〇年を過ぎて(尾下)あるいは六〇年に近接して(米沢)組合を脱退したことにより、計算上いずれも返還すべき金額が零となつたので、結局、同被告らは組合に対し補償金返還義務を負わないこととなる。

六ところで、原告の遅延損害金の請求について、原告組合は右返還義務を負う被告らが組合を脱退したとき、直ちに被告らに対し前示の金額の補償金返還請求権を取得するから、その後は何時でも被告らに右債務の履行を請求できるが、だからといつて組合脱退と同時に被告らが履行遅滞に陥ると解すべき根拠はなく、その他履行期について格別の主張もない本件においては、その定めがないものとして履行の請求によつて始めて被告らは遅滞になるとみるべきである。そして、原告が被告らに対しいずれも本訴状送達前に履行を催告したことを認めるに足りる証拠はないから、被告らは本訴状送達の日(但し、番号76山下治男および同中村松江については昭和四三年七月八日の第一回口頭弁論期日)以前において遅滞はなかつたということになる。

そうすると、右被告らは原告に対し、それぞれ前記金員に対する本訴状が送達された日(但し、右山下と中村については第一回口頭弁論期日の翌日)であることが本件記録上明白である別表(一)「起算日」欄記載の日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金についてのみ、支払義務があるものというべきである。

七よつて、原告の本訴請求は、前認定の範囲内で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九二条但書、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、仮執行の宣言については、これを相当でないと認め、原告の申立を却下する。(権藤義臣 油田弘佑 三宮康信)

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